皆さんの中で多くの人は、
自らの『自由』を得る欲求、
そしてその大切さに気付き始めていると思う。
『自由』とは、
「経済的自由」であるし「精神的自由」である。
自由であるための定義はとても広く、
人それぞれだ。
(ここでは、ぼくの場合限定でお話します。)
ぼくが、
今現在、独立して活動をしている経緯は、
下記のブログの中で一応整理した。
【独立する理由】N国党立花孝志氏の発言とリンクした2つの事 1/2
30代前半で音楽活動を通して生涯の伴侶と出逢い、
その後、結婚生活を送る中で、
社会人としての役割(義務と言えるかも知れない)、
それを果たす事と、
自分が生きていく『自由』を、
深く考え試行錯誤した約一年を過ごした。
当時の葛藤を、
今の理解で言語化すると、
人間の本能的な資質である「社会性」(主に経済活動)を、
表現や自己実現の『自由』を得ていくための「活動」(ぼくの場合音楽)の中で、
どのようにバランスをとって果たしていけるか?
と言う事に尽きる。
その葛藤を平たく言うと、
お金を得て生活しながら、
「時間」も「お金」も必要な、
「音楽活動」を行なっていく困難さであった。
そんな中、
時給900円程度のウエイターのアルバイトで、
ある程度の生活と、
クリエイティブな資金を調達するには、
当然ながら、
ある程度の時間を費やさなければならない。
それと同時に、
長くお世話になっている勤め先の人手の都合も考慮しなければならず、
週何日、一日何時間まで、
と自分だけでは決める事が出来ず、
結局、
一日拘束あさ10時からよる23時まで13時間、
週も6日は出なければならない、
と言った状況に巻き込まれなければならなかった。
もちろん、
それを最終的に選んでいたのは自分なのだが、
そうせざるを得ない状況の中で判断するしかなく、
何とかして打破したいと想い悩み考え、
試行錯誤していた。
その時、
頭に浮かんでいたのが、
「独立して時間とお金をコントロールする」
であった。
つまり「精神的自由」と「経済的自由」への挑戦の始まりだ。
「自分の能力で他の人のためになり、独立出来る職業はなんだろう?」
常にそう考えていたら、
『推拿』に出逢った。
しかし、
自分を自由にしてくれる筈の、
初めは素朴に見えた『推拿』にも、
初めは素朴に見えた『推拿』にも、
「経済社会構造」が入り込んできて、
本来の「推拿の修得」と「推拿での独立」と言う目的の達成を困難にした。
言われるがままに片手を差し出したら、
いつの間にか両腕と両脚をもがれ、
内臓にまで手をかけられそうになっていた羊のようだ。
しかし、
経済社会の中でも自然界でも弱肉強食は、
どちらが善いとか悪いとかはないのだ。
それに運よく気が付き、
言われるがままに片手を差し出したら、
いつの間にか両腕と両脚をもがれ、
内臓にまで手をかけられそうになっていた羊のようだ。
しかし、
経済社会の中でも自然界でも弱肉強食は、
どちらが善いとか悪いとかはないのだ。
それに運よく気が付き、
そこから逃れて『自由』を得るために、
文字通り傷だらけになる思いをした。
天は、
ぼくに2度もそのチャレンジを与えてくれた。
ぼくたちには、
元来、
乗り越えられない問題などない。
望んだ通りになるのが人生だ。
愛、感謝、喜び、自由、
の中で、
魂の成長を果たすのが、
この世に生まれてきた目的なのだ。
そして、
望む通りに導くのが先人であり、
協力するのが仲間である。
そうではない人は何だろう?
おそらく、
自分にとってはどうでもいい人か、
自分を本来の道に向かわせてくれる、
反面教師のような役割を持っていてくれるのかも知れない。
自分に好意的な人、
励ましの態度や言葉をくれる人は、
協力者と言っても良い。
自分に無関心、
無反応、
無利益な人はどうでもいい人だ。
自分に批判的な人、
攻撃的な人、
自分の進む道を阻もうとする人、
そういうタイプの一見マイナスに見える人は、
自分の願望や行動を、
明確にしてくれて確信させてくれる、
違いを際立たせてくれる実は協力者なのだとわかる。
どちらにしても、
マイナスはない、
プラスになるだけなのだ。
無意識に、
他人の生命を脅かしたり、
嘘をついたり裏切ったり、
足を引っ張ったり、
侮辱したり、
束縛したり、
支配したり、
思い通りに操ろうとしたり、
学びや成長や楽しみを奪おうとする人がいる。
本人が気づいていないからやっかいだ。
意識的に行う人には近づかなければ良いが、
無意識に行っている人は「善人」の仮面を被っているからやっかいなのだ。
あなたが出来る事は、
あなたが広げるべき、
あなたの生命が欲する領域を広げる事だ。
言語的な脳を使ってもいいし、
空間的な脳を使ってもいい、
自由になれる領域をまず脳内で広げるのだ。
鎖に繋がれていたとしても、
牢獄に押し込まれていたとしても、
拷問にかけられていたとしてもだ。
あなたの心まで誰も支配出来ないのだ。
だからまずあなたのやれることは、
自分がすでに自由だと信じ、
想像の中でその領域を広げる事だ。
そして、
いつでも自分は、
『愛』『感謝』『喜び』『自由』の波動の中にいて、
あらゆる低波動の存在に、
同調したり、
共鳴したりしない事だ。
いつでも自分は最高の波動の中にいて、
あらゆる低波動の存在に、
良い影響力を発揮すると決める事だ。
あらゆる低波動の存在に、
有限ではなく無限である、
と伝え、
奪わなくても産み出せるのだ、
と指し示す事だ。
だから、
今のあなたからは困難に見えている、
支配や依存からの脱却は、
今ここで『自由』である事に気付き、
今ここで『自由』の領域をまず、
脳の中で広げる事なのだ。
他人の生命を脅かしたり、
嘘をついたり裏切ったり、
足を引っ張ったり、
侮辱したり、
束縛したり、
支配したり、
思い通りに操ろうとしたり、
学びや成長や楽しみを奪おうとする人がいる。
本人が気づいていないからやっかいだ。
意識的に行う人には近づかなければ良いが、
無意識に行っている人は「善人」の仮面を被っているからやっかいなのだ。
あなたが出来る事は、
あなたが広げるべき、
あなたの生命が欲する領域を広げる事だ。
言語的な脳を使ってもいいし、
空間的な脳を使ってもいい、
自由になれる領域をまず脳内で広げるのだ。
鎖に繋がれていたとしても、
牢獄に押し込まれていたとしても、
拷問にかけられていたとしてもだ。
あなたの心まで誰も支配出来ないのだ。
だからまずあなたのやれることは、
自分がすでに自由だと信じ、
想像の中でその領域を広げる事だ。
そして、
いつでも自分は、
『愛』『感謝』『喜び』『自由』の波動の中にいて、
あらゆる低波動の存在に、
同調したり、
共鳴したりしない事だ。
いつでも自分は最高の波動の中にいて、
あらゆる低波動の存在に、
良い影響力を発揮すると決める事だ。
あらゆる低波動の存在に、
有限ではなく無限である、
と伝え、
奪わなくても産み出せるのだ、
と指し示す事だ。
だから、
今のあなたからは困難に見えている、
支配や依存からの脱却は、
今ここで『自由』である事に気付き、
今ここで『自由』の領域をまず、
脳の中で広げる事なのだ。
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