【独立する理由】
N国党立花氏の発言とリンクした2つの事 其の2/2
※前回記事、其の1/2からの続き記事です。
引き続き全く個人的な過去の整理、と言う内容の記事になっています、
もし読まれる場合は、ご承知おきの上よろしくお願いいたします。 信長正義
前回の記事が、
2018年9月までの経緯である。
因みに振り返ると、
この内容を書き記すきっかけとなったのが、
NHKから国民を守る党の立花孝志氏の演説で記憶に残った言葉と、
自分がここに至った経緯で、
リンクした2つの事がある、
と言うところからだった。
その2つとは、
1.完全に自分の資本で活動する。
2.心の声、魂の声を発信する。
ここまでの流れは、
『1.完全に自分の資本で活動する』
と言うテーマで書いている。
ぼくの記憶からの整理になるが、
事実だけを書き記す事に注力し、
解釈は極力省いている。
これまでに書き記した経緯から、
2018年10月より、
業務委託契約として、
施術料金の50%を受け取る、
という報酬でTC研究所と関わることにした。
S所長からは、
これまでも報酬のとり方について、
「月給30万円」
ではどうか?
との提案がなされていた。
しかし、
施術売上げで月間60万円を割ることはなかったし、
その後も90万円以上の施術を売上げる月もあったので、
この条件でストレス少なく職務を果たすことは考えられなかった。
報酬面でこの10月から変化があったのは、
売上げ金額に消費税分を入れて50%の歩合にする、
と言うことに業務委託のスタッフ全員変更した。
同時に、交通費は戴かないことにした。
推拿塾の方では、
2018年10月から、
基本コースからの繰上りで、
臨床コースに6名の受講生の受講が決まっていた。
こちらは、
9月までのぼくからの提案だと、
税抜きの550,000円×6人分=3,300,000円から、
10%の330,000円を頂戴するつもりだったが、
S所長からの進言で月10万円を戴けることになった。
前年2017年11月から翌2018年1月まで、
S所長の出版予定の本の編集に関わり、
通常の業務もこなしていた時期に、
心身共に疲弊し、
施術に影響が出始め、
売上げが12月~翌年にかけて減少してしまう、
と言う経験をした。
施術に集中できなくなり、
患者さんへの施術の質が落ちた記憶を認識している。
この経験から、
施術の質を落とす事になる行動を一切慎み、
施術に集中するようにしていた。
もちろん塾のサポートには全力を尽くした。
その結果、
10月~12月の売上は250万円を超えていたと記憶している。
11月から、
この期の臨床コース塾生のOさんが、
スタッフとしても参加してくれたことが功を奏してくれて、
ぼくはスタッフへのサポートの範囲を徐々に縮小していった。
ここで、
もう一つ事実を記しておかなければならない。
2018年の8月より、
個人的な推拿の活動を始めるべく、
知人のサロンを借りて、
細々と推拿の個人指導を始めた。
TC研究所内で、
個人指導がやれなくなっていた事と、
独立心を満たすための策だった。
9月までに提案した、
「役員」の話と矛盾すると思われるかもしれないが、
ぼくの頭の中では、
個人の独立分野とTC研究所に関わる事は、
同時に行えると言う考え方があった。
幾つもの会社を経営したり、
数社の役員を掛け持ちしたり、
と言う現実を創っている人の話を聴きに行ったりもしていた、
と言うのもある。
現実的だと考えていた、
しかし、
役員の件は実現しなかった、
と言う経緯である。
この知人のサロンを借りての個人活動は、
2019年6月に中野の物件を借り始めたその月まで行っていた。
長くなったが、
ここで本稿のテーマである、
『完全に自分の資本で活動する』
と言う強いマインドに至った出来事が、
2019年の2月から3月にかけてあった。
患者さんで会社経営者のH氏から、
氏の所有する土地で、
新しい建物を建てる予定があるので、
その物件でぼくの活動をしてくれないか、
という夢のような話だった。
結論的に言うと、
この話は、
土地の問題で頓挫してしまうのだが、
この経緯と結果が、
大きくぼくの胸に刻まれた。
夢のような話ではあったが、
この件が現実化していたら、
資本家との関わり、
と言う構図が出来上がってしまい、
活動の自由度が奪われると言う事を、
徐々に実感し知ることになったのだ。
N国党の立花氏が言うところの、
既得権を得たら、
それを受け取った先に供与や忖度しなくてはならない、
そういう構図に嵌ってしまうのだ。
こうなると、
自分の自由な発想や、正義を守ることが出来なくなる、
と言うのを身をもって知ったのだ。
疑似体験レベルではあるが。
結果的に、
ぼくは自由の大切さを知ったし、
この先も、
自分の資本で行う自由な活動、
と言う基本を外れることはないだろう。
これが2019年3月までの経緯だ。
S所長からは、
『すいな健康院』のホームページについて、
削除するか、
内容の変更を迫られていた。
ぼくは2016年5月まで開業していた、
『すいな健康院』のホームページから、
患者さんや個人指導の受講生を集客していた。
2019年4月に入って、
知り合ったホームページ作成業者と相談し、
個人活動の新しいホームページを作り直す、
と言う計画が持ち上がってきた。
この段階では、
新しいホームページを作成して、
『すいな健康院』のホームページは削除する方向で考え始めた。
この4月から、
推拿塾の基本コースの新しい期が、
6名の受講生でスタートすることが出来た。
この受講生さん集めには、
手前味噌ながら苦労した。
でも、
縁あって、熱意のある受講生さんと、
スケジュール調整を含め、
いろいろなやりとりを経て開講することが出来た。
塾の報酬は、
3月分まで、
つまり2018年10月開講の臨床コースが修了するまで、
の分を頂戴してしていた。
4月からのこの期分は、
S所長の意向も伺いながら、
と考えていた。
4月にS所長の中国出張が、
塾の開催日と重なることが分かり、
すでに受講生さんがスケジュールに入れていたこともあり、
臨時でぼくが一日講師を務めさせて戴いた日もあった。
因みに、
この4月から、
鍼灸院を開業しているT氏が、
外部からボランティア助手として参加を始めた。
5月に入って、
一回目の塾開催日の日に、
S所長からT氏を交えて話がある、
との事でミーティングが行われた。
このミーティングで、
ぼくの最近のTC研究所に於いての仕事の関わり方や、
推拿塾のサポートのやり方などについて、
S所長から話があり、
それに同調した内容でT氏も加わった。
S所長とは認識の違いが明らかにあり、
T氏とはこれまでの経緯状況が共有出来ていないので、
話しは平行線であった。
ここからはぼくの完全な解釈だ。
20年来のS所長との関わりや、
日頃のぼくの活動を知らぬT氏に、
ぼくとS所長の土俵に、
土足で踏み入らせて荒らさせた感があり、
T氏の無礼には無論、
S所長には落胆を感じるしかなかった。
その後、
4月からの塾の報酬は無し、
と言う決定を下された。
(のちに、ぼくが中野で再度開業したことを知ったS所長は、
この報酬カットを自分は言っていない、とか申されていたが、
事実ぼくは受けとっていないし、その時に、T氏には報酬を出す、
との事を言っていた。今さらどうでもよいが。)
この事が決定的となって、
ぼくはTC研究所の推拿塾に関わることが出来なくなった。
無報酬で、
ボランティアで、
勉強になるからと説得されても、
ぼくはもうそこへは居られなかった。
ぼくに、
TC研究所で出来る活動はほぼなくなった。
一方、
新しいホームページ作成や、
その他の独立分野の活動に必要になり、
2018年10月から明らかな個人事業主になってから、
未だ提出していなかった開業届を出す運びとなっていた。
令和になって初めての平日、
5月の7日に板橋税務署に開業届を提出した。
屋号を『天と地と人』とした。
人は誰の支配も受けず、
誰にも依存しないで、
自立し自律して、
天と地の元に独立した存在である、
と言う思いを忘れないように、
そう名付けた。
この時点では未だ、
個人活動の場所は、
知人のサロンだった。
推拿塾の報酬の件で、
TC研究所との関わりに、
急激な変化が生じて間もなく、
現在の中野の物件を見つけることが出来、
この流れの沿うように6月からの契約を決めた。
中野での2度目の開業に伴う経緯の事実関係だ。
だからと言って、
TC研究所から、
完全に離れるつもりはなく、
市ヶ谷での施術を希望する患者さんもまだいらっしゃった。
なので、
市ヶ谷と並行して、
中野はこれまでの個人活動と同様に、
細々とやっていこうと思っていた。
しかし、
どうした流れか、
もちろん中野に誘導した『すいな健康院』の頃からの患者さんもいたが、
市ヶ谷での患者さんが急激に少なくなっていった。
常連の方が病気になられたり、
いつもより予約のインターバルが広くなったり、
様々だったが、
予定より市ヶ谷での活動がなくなった。
そんな経緯もあり、
S所長への報告も、
その不安定な時期に行うことはまだしなかった。
8月以降、
9月前後には報告する機会があるだろうと思っていたところ、
スタッフのBさんが当サイトをネット上で見つけ、
S所長に伝えてくれて、
その機会に報告が出来た。
しかし、
時々会うスタッフにもまだ、
詳しい経緯などを伝えたいと思いながら今に至っている。
この稿のテーマである、
『心の声、魂の声を発信する』
と言う、
N国党立花氏の言葉に響かされ、
心と事実の整理を決意し、
この記事を書くことになった。
事実や考えていることは、
言語や映像化しないと誰にも伝えることは出来ない。
しかし、
伝える事には勇気が必要だ。
自分の考え、
自分の行動を伝えるのには一定の方向を示さないとならないからだ。
自分の考えを、
言語で伝えると、
それに反する考え方の人とは、
対立せざるを得ない。
決して、
争う気持ちがこちらになくてもだ。
だけど、
自分の考え、
やってきたことを、
明らかにして伝えなければ、
自分が伝えたい人にも伝えられないことになる。
ぼくには伝わってほしい人がいる。
TC研究所スタッフ、特にのOさん、
途中で関わらなくなった4月期の受講生の方々、
再受講を提案しながら関われなくなった昨年の受講生の皆さんに。
他にも、患者さん他、
ぼくに関心のある方で、
ぼくの行動に疑問を持っていらっしゃる皆さん。
ぼくは、
ぼくの中に正直に在る心の声を、
魂の叫びを、
ぼくの独りよがりの側面からではなく、
事実になるべく忠実にお伝えすることにより、
それぞれの方の知覚にお届けします。
どのように感じて戴いても、
皆さんのご自由です。
ぼくから、
正しさを分かって欲しいとかは考えません。
ぼくにはぼくの利己的な部分も多々あると認めます。
しかし、
これがぼくの軸とするところです。
誰かに嫌われたり、
笑われたり、
馬鹿にされたりすることを恐れるよりも、
このぼくの言動の軸を、
理解してくれる少数の人には伝えなければ、
と深く胸に刻みます。
これからも、
発信活動は、
ぼくの志事の中の重要な一つです。
大変長くなりました、
引き続き全く個人的な過去の整理、と言う内容の記事になっています、
もし読まれる場合は、ご承知おきの上よろしくお願いいたします。 信長正義
前回の記事が、
2018年9月までの経緯である。
因みに振り返ると、
この内容を書き記すきっかけとなったのが、
NHKから国民を守る党の立花孝志氏の演説で記憶に残った言葉と、
自分がここに至った経緯で、
リンクした2つの事がある、
と言うところからだった。
その2つとは、
1.完全に自分の資本で活動する。
2.心の声、魂の声を発信する。
ここまでの流れは、
『1.完全に自分の資本で活動する』
と言うテーマで書いている。
ぼくの記憶からの整理になるが、
事実だけを書き記す事に注力し、
解釈は極力省いている。
これまでに書き記した経緯から、
2018年10月より、
業務委託契約として、
施術料金の50%を受け取る、
という報酬でTC研究所と関わることにした。
S所長からは、
これまでも報酬のとり方について、
「月給30万円」
ではどうか?
との提案がなされていた。
しかし、
施術売上げで月間60万円を割ることはなかったし、
その後も90万円以上の施術を売上げる月もあったので、
この条件でストレス少なく職務を果たすことは考えられなかった。
報酬面でこの10月から変化があったのは、
売上げ金額に消費税分を入れて50%の歩合にする、
と言うことに業務委託のスタッフ全員変更した。
同時に、交通費は戴かないことにした。
推拿塾の方では、
2018年10月から、
基本コースからの繰上りで、
臨床コースに6名の受講生の受講が決まっていた。
こちらは、
9月までのぼくからの提案だと、
税抜きの550,000円×6人分=3,300,000円から、
10%の330,000円を頂戴するつもりだったが、
S所長からの進言で月10万円を戴けることになった。
前年2017年11月から翌2018年1月まで、
S所長の出版予定の本の編集に関わり、
通常の業務もこなしていた時期に、
心身共に疲弊し、
施術に影響が出始め、
売上げが12月~翌年にかけて減少してしまう、
と言う経験をした。
施術に集中できなくなり、
患者さんへの施術の質が落ちた記憶を認識している。
この経験から、
施術の質を落とす事になる行動を一切慎み、
施術に集中するようにしていた。
もちろん塾のサポートには全力を尽くした。
その結果、
10月~12月の売上は250万円を超えていたと記憶している。
11月から、
この期の臨床コース塾生のOさんが、
スタッフとしても参加してくれたことが功を奏してくれて、
ぼくはスタッフへのサポートの範囲を徐々に縮小していった。
ここで、
もう一つ事実を記しておかなければならない。
2018年の8月より、
個人的な推拿の活動を始めるべく、
知人のサロンを借りて、
細々と推拿の個人指導を始めた。
TC研究所内で、
個人指導がやれなくなっていた事と、
独立心を満たすための策だった。
9月までに提案した、
「役員」の話と矛盾すると思われるかもしれないが、
ぼくの頭の中では、
個人の独立分野とTC研究所に関わる事は、
同時に行えると言う考え方があった。
幾つもの会社を経営したり、
数社の役員を掛け持ちしたり、
と言う現実を創っている人の話を聴きに行ったりもしていた、
と言うのもある。
現実的だと考えていた、
しかし、
役員の件は実現しなかった、
と言う経緯である。
この知人のサロンを借りての個人活動は、
2019年6月に中野の物件を借り始めたその月まで行っていた。
長くなったが、
ここで本稿のテーマである、
『完全に自分の資本で活動する』
と言う強いマインドに至った出来事が、
2019年の2月から3月にかけてあった。
患者さんで会社経営者のH氏から、
氏の所有する土地で、
新しい建物を建てる予定があるので、
その物件でぼくの活動をしてくれないか、
という夢のような話だった。
結論的に言うと、
この話は、
土地の問題で頓挫してしまうのだが、
この経緯と結果が、
大きくぼくの胸に刻まれた。
夢のような話ではあったが、
この件が現実化していたら、
資本家との関わり、
と言う構図が出来上がってしまい、
活動の自由度が奪われると言う事を、
徐々に実感し知ることになったのだ。
N国党の立花氏が言うところの、
既得権を得たら、
それを受け取った先に供与や忖度しなくてはならない、
そういう構図に嵌ってしまうのだ。
こうなると、
自分の自由な発想や、正義を守ることが出来なくなる、
と言うのを身をもって知ったのだ。
疑似体験レベルではあるが。
結果的に、
ぼくは自由の大切さを知ったし、
この先も、
自分の資本で行う自由な活動、
と言う基本を外れることはないだろう。
これが2019年3月までの経緯だ。
S所長からは、
『すいな健康院』のホームページについて、
削除するか、
内容の変更を迫られていた。
ぼくは2016年5月まで開業していた、
『すいな健康院』のホームページから、
患者さんや個人指導の受講生を集客していた。
2019年4月に入って、
知り合ったホームページ作成業者と相談し、
個人活動の新しいホームページを作り直す、
と言う計画が持ち上がってきた。
この段階では、
新しいホームページを作成して、
『すいな健康院』のホームページは削除する方向で考え始めた。
この4月から、
推拿塾の基本コースの新しい期が、
6名の受講生でスタートすることが出来た。
この受講生さん集めには、
手前味噌ながら苦労した。
でも、
縁あって、熱意のある受講生さんと、
スケジュール調整を含め、
いろいろなやりとりを経て開講することが出来た。
塾の報酬は、
3月分まで、
つまり2018年10月開講の臨床コースが修了するまで、
の分を頂戴してしていた。
4月からのこの期分は、
S所長の意向も伺いながら、
と考えていた。
4月にS所長の中国出張が、
塾の開催日と重なることが分かり、
すでに受講生さんがスケジュールに入れていたこともあり、
臨時でぼくが一日講師を務めさせて戴いた日もあった。
因みに、
この4月から、
鍼灸院を開業しているT氏が、
外部からボランティア助手として参加を始めた。
5月に入って、
一回目の塾開催日の日に、
S所長からT氏を交えて話がある、
との事でミーティングが行われた。
このミーティングで、
ぼくの最近のTC研究所に於いての仕事の関わり方や、
推拿塾のサポートのやり方などについて、
S所長から話があり、
それに同調した内容でT氏も加わった。
S所長とは認識の違いが明らかにあり、
T氏とはこれまでの経緯状況が共有出来ていないので、
話しは平行線であった。
ここからはぼくの完全な解釈だ。
20年来のS所長との関わりや、
日頃のぼくの活動を知らぬT氏に、
ぼくとS所長の土俵に、
土足で踏み入らせて荒らさせた感があり、
T氏の無礼には無論、
S所長には落胆を感じるしかなかった。
その後、
4月からの塾の報酬は無し、
と言う決定を下された。
(のちに、ぼくが中野で再度開業したことを知ったS所長は、
この報酬カットを自分は言っていない、とか申されていたが、
事実ぼくは受けとっていないし、その時に、T氏には報酬を出す、
との事を言っていた。今さらどうでもよいが。)
この事が決定的となって、
ぼくはTC研究所の推拿塾に関わることが出来なくなった。
無報酬で、
ボランティアで、
勉強になるからと説得されても、
ぼくはもうそこへは居られなかった。
ぼくに、
TC研究所で出来る活動はほぼなくなった。
一方、
新しいホームページ作成や、
その他の独立分野の活動に必要になり、
2018年10月から明らかな個人事業主になってから、
未だ提出していなかった開業届を出す運びとなっていた。
令和になって初めての平日、
5月の7日に板橋税務署に開業届を提出した。
屋号を『天と地と人』とした。
人は誰の支配も受けず、
誰にも依存しないで、
自立し自律して、
天と地の元に独立した存在である、
と言う思いを忘れないように、
そう名付けた。
この時点では未だ、
個人活動の場所は、
知人のサロンだった。
推拿塾の報酬の件で、
TC研究所との関わりに、
急激な変化が生じて間もなく、
現在の中野の物件を見つけることが出来、
この流れの沿うように6月からの契約を決めた。
2.心の声、魂の声を発信する。
これが、中野での2度目の開業に伴う経緯の事実関係だ。
だからと言って、
TC研究所から、
完全に離れるつもりはなく、
市ヶ谷での施術を希望する患者さんもまだいらっしゃった。
なので、
市ヶ谷と並行して、
中野はこれまでの個人活動と同様に、
細々とやっていこうと思っていた。
しかし、
どうした流れか、
もちろん中野に誘導した『すいな健康院』の頃からの患者さんもいたが、
市ヶ谷での患者さんが急激に少なくなっていった。
常連の方が病気になられたり、
いつもより予約のインターバルが広くなったり、
様々だったが、
予定より市ヶ谷での活動がなくなった。
そんな経緯もあり、
S所長への報告も、
その不安定な時期に行うことはまだしなかった。
8月以降、
9月前後には報告する機会があるだろうと思っていたところ、
スタッフのBさんが当サイトをネット上で見つけ、
S所長に伝えてくれて、
その機会に報告が出来た。
しかし、
時々会うスタッフにもまだ、
詳しい経緯などを伝えたいと思いながら今に至っている。
この稿のテーマである、
『心の声、魂の声を発信する』
と言う、
N国党立花氏の言葉に響かされ、
心と事実の整理を決意し、
この記事を書くことになった。
事実や考えていることは、
言語や映像化しないと誰にも伝えることは出来ない。
しかし、
伝える事には勇気が必要だ。
自分の考え、
自分の行動を伝えるのには一定の方向を示さないとならないからだ。
自分の考えを、
言語で伝えると、
それに反する考え方の人とは、
対立せざるを得ない。
決して、
争う気持ちがこちらになくてもだ。
だけど、
自分の考え、
やってきたことを、
明らかにして伝えなければ、
自分が伝えたい人にも伝えられないことになる。
ぼくには伝わってほしい人がいる。
TC研究所スタッフ、特にのOさん、
途中で関わらなくなった4月期の受講生の方々、
再受講を提案しながら関われなくなった昨年の受講生の皆さんに。
他にも、患者さん他、
ぼくに関心のある方で、
ぼくの行動に疑問を持っていらっしゃる皆さん。
ぼくは、
ぼくの中に正直に在る心の声を、
魂の叫びを、
ぼくの独りよがりの側面からではなく、
事実になるべく忠実にお伝えすることにより、
それぞれの方の知覚にお届けします。
どのように感じて戴いても、
皆さんのご自由です。
ぼくから、
正しさを分かって欲しいとかは考えません。
ぼくにはぼくの利己的な部分も多々あると認めます。
しかし、
これがぼくの軸とするところです。
誰かに嫌われたり、
笑われたり、
馬鹿にされたりすることを恐れるよりも、
このぼくの言動の軸を、
理解してくれる少数の人には伝えなければ、
と深く胸に刻みます。
これからも、
発信活動は、
ぼくの志事の中の重要な一つです。
大変長くなりました、
最後まで読んでくださった方、
有難うございます。
有難うございます。
天と地と人 すいなの信長正義
『天と地と人』では、
推拿施術と推拿の個別指導を行っています。
をご覧ください。
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