2019年8月20日火曜日

「やっぱり『愛』と『感謝』が最高の波動なのだ」 と確信した時の話

『愛』と『感謝』と『自由』
この領域が全てであり最高の状態である。

これは「真理」なのだが、
言葉では聴こえていても、
読めていても、
口に出して言えても…

本当に受け取れて、
実行し続けていられる人はどのくらいいるのだろう?

ぼくはどうやってこの領域に入ったのだろう、
自転車に乗れるようになったら、
どうやって乗れなかったのか思い出せない、
というのと同じ感じだ。

おそらくは、
このことを信じ、
「その領域、その状態で常にいたい!」
と思い、
それを行い続けたのだと思う。

「思う」
ということが重要だ、
その通りになるのだ。

この時、
思い出すのは、
様々な我慢、忍耐、屈辱を受け続けたと思う、
天から与えられる訓練なのだ。

そして自分にとって余分なもの、
『愛』と『感謝』とそして『自由』で在り続けるために、
不必要なものを採り去られていく。

たとえば、
「名誉」とか「地位」とか「安定」とかかな?

とにかく試される、
感じだ、
「それでもこの領域に入り続けたい?」
聴かれ続ける。

でも、
そこで「はい!」と答え実行すると、
『正解!』という答えが返ってくるのだ。

で、
それを続けていると、
ある時ふっと気づくのです、
『あ、これでいいのか』

ここに至るまでの、
試練の一つのエピソードをお話ししますね。

ある患者さんの話、
その患者さんはぼくが担当しているわけではないが、
師匠の患者さんで、
かなり高圧的で我儘な方だ。

ぼくが、
「愛と感謝の波動でい続ける」
と思い意識的に実行し始めた頃の頃で、
この経験を基にして確信が育ったと思う。

その日もその方は、
何かぼくの知らないところでご不満がおありになったようで、
少し離れたところにいるぼくにもそれが伝わってくるほどだった。

以前のぼくは、
相手の感情に引きずられてしまい、
相手の「不機嫌」や「不満」などの、
低い波動に同調して「不安定」な状態になることが度々でした。

その頃は、
どうやったらそこから抜け出せるのかわからなかった。

しかし、
この時は、
「愛と感謝の状態でいる」と決めていたのが、
初めて違いを生み出す現象に出くわしたのだ。

ぼくは少し離れたところで、
次の患者さんの準備を待っていたのだが、
不意にその「不満」さんが洗面所に行くために、
ぼくのほうへ近づいてきた。

ぼくはその頃、
その現場のある程度の責任者的な立場だったので、
何かその方にとって「問題」があった場合は、
クレームを浴びせられる経験も何度かあったのだが、
その時は変化が生じたのだ。

お互いを完全に意識し合う距離になっても、
ぼくのほうは心が動じず、
笑顔で「こんにちは」と挨拶ができたのだが、
その方の「イライラ」オーラが変化するのがわかるほど、
やや穏やかになって挨拶を返されたのだ。

この時ぼくは、
「『愛』と『感謝』が最高の波動なのだ」
と確信した。

それ以来、
この状態でいることで、
心が不安定になることがなく、
むしろ『不動心』状態に入る修行段階になった気がしている。

心の状態が身体に表れて、
それが現象化して病気や症状を生み出す。

だから、
『愛』と『感謝』の状態でいることをお薦めするし、
その状態にいない愚かさに気づいて欲しい、
と思う。

反論あるかな?
ま、どうでもいいけど。

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