『対立しない』
というと、
「無事」とか「無難」
を選ぶということになるので、
面白くない話かもしれない。
そう、
傍目には「対立する」ほうが、
面白いのだ。
だが、
自分のこととなると、
面白くても健康を害しては仕様がない。
「無事」
と言う状態を得るのは、
30%くらいの行動選択の結果だと聴いたことがある。
「易」の話だった、
今簡単に調べたが、
それについて書いてあるものを見つけることが出来なかった。
八卦×八卦=六十四卦のうちの、
三分の一だか四分の一が「無事」「無難」
を表わしているというようなことだったと思う。
だから、
不用意に行動していると、
「無事」でない確率のほうが、
相当高いのだ。
だから、
「無事」「無難」であることは、
非常に有難いことなのだ。
ああ、
ぼくも歳をとったんだなあ、
子供の頃は母親が同じようなことを言っているのを聴いて、
「つまんないこと言ってんな」
と思ったのを思い出す。
健康である、
ということがどんなに大切なことか、
全ての土台が健康だ。
心身の健康があって、
始めてやりたいことができる。
そこで、
『対立しない』である。
自分が活動を始めると、
それに対して「抵抗」が起こる。
うまく物事が運ばなかったり、
自分のやろうとしていることに反対する人が現れたりする。
なかなかすんなりいかない、
「摩擦」が起きるのだ。
しかし、
実はこの「抵抗」や「摩擦」が、
自分の行動の「原動力」ともなるのは確かだ。
この話はかつて、
斎藤一人さんの講和の中で聴いたことがあった、
それが腑に落ちてわかった。
つまり、
ジェット機が飛び立つときには、
向かい風が「抵抗」になって「摩擦」が起き、
「浮力」になって飛び上がるのだ。
この「抵抗」や「摩擦」を利用しているのだ。
行動が活発になる原理も同じなようだ、
何か反発するものや、
反対する言動や意見などが、
さらに自分の活動を際立たせることになる。
だから、
実はここに何も生じないと、
逆に行動力は減じてしまうことになる。
しかし、
この「抵抗」や「摩擦」は、
必ず「浮力」にしていくべきで、
ここに「対立」は必要ないのだ。
うまくいかないことや、
反対意見に対して、
真っ向から対峙しても意味がないと言うことだ。
「空気」、
「風」は対立しない、
吹き抜ける。
「水」は対立しない、
どんな大きな岩もすり抜けて流れる。
目的地にたどり着くには、
対立するのは「無駄」なことなのだ。
『対立』を敢えて仕掛けて、
『周知』を集める戦略として行う場合もあるようだが、
ぼくにはできない。
その『対立』は、
ぼくの心身には耐えられず、
健康を害する恐れがあるからだ。
「健康」は一番大切なのだ。
そして、
『対立しない』は、
「無視」とか「無関心」ではないと思う。
『対立しない』けど、
「抵抗」や「摩擦」は感じながら、
「浮力」に変えていくので、
そこに「ある」ものなのだ。
だから、
浮き上がったその後にも、
地上のことは忘れてはいけない。
そこに『愛』と『感謝』の気持ちを置くことが、
健康と成長を保ち続ける秘訣だと思う。
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