2019年10月14日月曜日

【推拿(すいな)と哲学】拿法(なほう)は忍耐の時期

基本的には推拿の手技、
手法の話なのだけど、
推拿の施術をしていると、
人生の縮図と言うか、
哲学だなあ、
と思うことが度々ある。

ぼくは推拿の道に入ってから、
20年経つので、
知らぬ間にベテランと言っても良い領域に入ったと、
勝手ながら思っている。

経験の浅い方に、
指導させて戴いて思うことは、
施術の中に『静』の時期を創ることは、
かなり難易度の高いことなのかな?
と言う事だ。

推拿を習う、
推拿を教える、
となると、
基本の手技、手法を習う、教える、
と言う事にたいていはなる。

初めて習う側からしても、
推拿らしい?
動きのあるものを早く習いたいと思うかも知れない。

今思いつくところで言うと、
こん法(※こんは手偏に袞)や、
掌按揉法(しょうあんじゅうほう)などは、
動きが派手で、
技術としても簡単ではないので、
教える側としても教え甲斐があると思う。

しかし、
日本人のぼくが思うに、
この表面的な動きを教えるのは、
ある意味簡単なのだが、
本当に伝えなければならないのは、
動きの中には見えない『静』の理解だと思っている。

実際、
ぼくが、
一般的に公開されている講習会で、
この『静』の部分に、
深く言及した講義はない。

「情報」と言うだけあって、
これらの本質的な大切なことは、
そう易々と表に流れることはない。

あるいは、
伝える側が伝えていたとしても、
それを受け取る側に「器」が出来ていないと、
耳から聴こえていても、
肚の底に受けとることが出来ないのが事実だ。

推拿の手法の中に重要な『按』があるが、
この『按』の理解が重要だ、
と言う事を伝えるのは簡単ではないし、
受け取る側にその認識が備わる事も同じだ。

今日、
初めての患者さんで、
50代の男性がいらっしゃった。

主訴は、
肩甲骨の下から骨盤の上にかけて、
疲労が蓄積すると、
筋張ったところがビキッと吊る、
と言う感覚で痛むと言うものだった。

右肩は五十肩がピークを越えた時期、
ぎっくり腰にも時々なるとのこと、
日頃、書類を抱えての外回りと、
パソコンに噛り付くような内勤で、
2人分は働いているブラックハードワーカーだと自称しておられた。

主訴の背中の面もそうだったが、
右首から肩周囲、肩甲骨周囲、肩関節周囲の、
凝り、詰まり感が半端ではなく、
まさに満身創痍と言う50歳だ。

ツボで言うと「肩井(けんせい)」という、
所謂肩もみ、肩叩きで触れる肩の部分、
この厚い凝りを柔軟にするのは、
押したり揉んだりするのでは、
つまり、
動きのある手法だけで柔軟にするのは、
なかなか困難だ。

ましてや、
時間料金の制約がある。

そこで、
よく使われる推拿の手法に『拿法(なほう)』がある。

推拿の「拿」だ、
推拿の「推」は文字通り「推す」、
「拿」は、
「拿捕(だほ)」とパソコンで打つとすぐ出るのだが、
辞書には「(特に、外国・敵国の船を)とらえること」
つまり「とらえる」とか「つかまえる」と言う意味だ。

因みに「拿」を「掌」と間違えている人がいるが、
似て非なるである。

厚く凝り固まった筋肉を、
拇指とその他の四指で「とらえる」「つかまえる」ように、
「握る」と言う説明で通じるだろうか。

この手法は、
この厚く凝り固まった筋肉の「塊」を、
親指とその他の四指で握ったまま、
その「塊」が溶けていくように解けるのを、
それを静かに感じながら待つ、
と言う動きのない時間を維持する。

この、
一見すると動きのない時間の中に、
変化が起こってくる。

初心の施術者には、
この変化が感じられないということもあり、
「静」の時間に耐えられない傾向があるように思う。

これは、
生きていく上でも同じだと思える。

人生には、
必ず「忍耐」の時期がある。

自ら動いても、
思うような結果が得られず、
焦っても、足掻いてもどうにもならない時間だ。

この時期を、
「動く」「焦る」「足掻く」などの「動」で捉えて、
「不安」や「恐怖」を募らせるよりも、
「静」の時期と諦めて、
「休息」「学び」「充電」「遊び」など、
今すぐに成果が見えない事に集中すると言うのは、
哲学だと思う。

施術も同じだ、
凝り固まった筋肉の「塊」も、
元々は「流動性」のある物質なのだ。

流れの止まったものを、
「静」かに、
「動」気のある状態に、
転じさせるのだ。

それは、
『今』
を感じる、
生きると言う事に通じる。

施術時間だったら、
いきなり60分後の「未来」を想像して焦ったり、
数分間費やしても結果の出ない「過去」に焦ったりせずに、
『今』この時に効果のある最善の手法を選ぶのだ。

それには、
『今』に集中し、
「自分だけの力」に、
頼らないと言う事だと思う。

いくらでも『天』と『地』の力が、
いつでも助けをくれているのを感じる、
と言うのもいい結果を出せるようになる、
一つの思考法だと思います。

推拿の施術にからめた、
生き方にも通じる話として記しましたが、
いかがだったでしょうか。

最後まで読んでくださってありがとうございます。
天と地と人 すいなの信長正義

『天と地と人』では、
推拿施術と推拿の個別指導を行っています。
をご覧ください。

0 件のコメント:

コメントを投稿