2019年10月13日日曜日

【「我」ん張らない】『お任せ』するとうまく運ぶ

物事がうまく運んだ時、
願い事が叶った時、
喜びをかみしめる。

この時、
目に見えない、
あるいは自分では気づいていない、
自分の力以外が働いてくれたことに、
感謝する人はどのくらいいるのだろう?

今ぼくの頭に浮かんだのは、
多くの外国人野球選手が、
ホームランを打って本塁ベースを踏んだ時に、
天に向かって感謝を唱えるようなシーンだ。

おそらく宗教的なものだろうと、
漠然と観ていただけだが、
今日お話ししたいのはこの境地だ。

ぼくが思うには、
この時の感謝は、
何も天の「神」にだけ告げるものではないと思う。

どんなに些細な事でさえ、
ぼくがうまく生きていけている時には、
身近な人から、
会ったことのない人にまで、
間接的に支えてもらっていることを忘れないほうが良い。

極端な例だが、
すれ違った人に刺されたりしないことでさえ、
当たり前ではないかも知れない。

つまり、
目に見えて上手く事が運んだ時はもちろん、
ただ「無地」であるいうことだけでも、
『感謝』の対象だと言う事だ。

ぼくは無宗教なので、
そう言った教えとかの話ではなく、
考え方の話です。

「自分が頑張ったから、
 努力したから、
 この成果があるのだ!」

もちろん、
その側面を認めるのは大切だ。

しかし、
同時に自分以外の支えによって、
その成果がある事を忘れないほうが良い。

まだ若く、
上手く事が運んでいる時ほど、
この大切な事に気付くのは難しい。

しかし、
失敗もして、
病気もして、
挫折もした55歳の今思うことは、
常に『感謝』の気持ちをあらゆるところに配る、
と言う事の大切さから抜けることは出来ない。

弱くなったからではない、
本質が見えるようになっただけの事だ。

若く、
体力も知力も、
そして財力まであったら、
肉体が衰えるまで、
その大切さに気付けないかも知れない。

自分の力で生きている、
ここまで上手くやってきた、
と思えるだろう。

でも、
病に冒された時はどうだろう?
同じことが言える?

自分の力で頑張る!
自分の力で上手くやれる!

その人の勝手だとは思うけど、
もし医療のお世話になるとすれば、
やはり「上手く事が運ぶ」には、
他の人の力を借りなければならないだろう。

そして、
現代の医療にも、
限界や制限があるとすれば、
それでもあなたは「自力」で「上手く生きていける」だろうか?

我々人間が、
上手く生きていけている根源には、
生命体としてこの地球の環境にいるからだ、
当たり前だが忘れてはいないだろうか?

太陽を含めた宇宙はもちろんなのだが、
地球の上で重力を元に生きていることを忘れるべきではないのだ。

立っていられるのも、
歩けるのも走れるのも、
座っていられるのも、
寝ていられることでさえ、
この地球の力のお陰なのだ。

ぼくがうまく運んでいけた時は、
ぼくだけの力ではあり得ない、
と言う事を、
常に深く肝に銘じるべきだ。

2006年に初めて独立開業してから、
暫くして、
持病の腎臓結石からくる軽度の腰痛が気になり、
近所の病院から紹介された泌尿器科医に、
酷く叱責された事がある。

たぶん42歳の頃だ。

新宿西口の泌尿器科専門の病院のその医師は、
ぼくが部屋に入るなりCTの画像に目をやりながら、
「なんでこんなになるまで放っておいたんだ‼‼‼」
いきなりの怒鳴り声に、
訳もわからず怯むしかなかった。

「え”ーっ!……???」…

「とにかく紹介状を書くから今すぐT医科大病院に行ってくれ」

取りつく島もなく、
とはこの時の事の感じだ。

驚きと恐れのままに、
T医科大病院を訪れ、
紹介された教授医師の診断を仰ぐしかなかった。

この教授は、
先の迫力ある医師と正反対で、
とてもしんみりとした方だった。

持参したCT画像を眺めている教授に、
「どんな状態なんでしょうか?…」
初めて自分の状況を問うたのだが、
「ん……腎機能がですね…、まあ精密検査をしてみないと何とも…」
「わ”---っ!…………腎不全?人工透析?」
すぐに頭に浮かんだ…
でもどうしようもなかった。

精密検査の予約は、
3~4週間後にしかとれず、
それまでの間、
ぼくは失意の悶々とした時間を送るしかなかった。

非常に落ち込んでいた、
身体が精神が、
同時に重く参ってしまっていた。

そんな時、
当時太極拳を教えてもらっていた友人が、
長年信頼している気功の先生を紹介してくれることになった。

藁をもつかむ思いだった。

翌日訪れた事務所には、
中国人気功師のR先生はいらっしゃらなかった。

「今は中国に気の修行に山籠もりをしている」
と、受付のお世話をやってくれている人が教えてくれた。

「テレビ電話で遠隔気功をやるからそれを受けたらいかがですか?」
「遠隔…」

話しには聴いていた、
紹介してくれた友人は信頼できる人で、
R先生の話も日頃からよくしてくれていた、
「天気も変えることが出来るのよ」
にわかに信じることは出来ていなかったのだが。

しかし、
藁にもすがらないと、
何としてもこの現実を変えたかった。

「お任せします」

当時、
詳しくはどのように通信していたのかもうわからないが、
大型のテレビ画面に、
中国にいらっしゃるR先生が映し出されて、
その画面にその時は数名の患者さんがいて、
順に自分の名前とか状態を告げていて、
R先生からも片言の日本語が返された。

テレビの画面が消えた後、
その広い室内に置かれた個々のソファーに、
それぞれが座ったり横になったりし始めた。

ぼくもそれにならって、
部屋の奥側の端っこのソファーに座り、
始まるのを待った。

すると音楽が流れ、
部屋の電気は消された。

普通に腰かけていたのだが、
身体の前から何かに押されているような圧迫に、
徐々に背もたれに寄りかかり、
そのうち徐々に仰向けに寝るような格好になった。

気功、
なんて信じていなかったし、
ましてや外気功など、
この時まで全く縁がなかった。

しかし、
この藁にもすがらなくてはならない、
自分の力ではどうすることもできない局面で、
縁があってこの時間を戴くことが出来た。

結果、
ものすごい『気』を受けた、
弱った自分の心身に、
これでもか、
と言うほど浴びたと言う感覚だった。

それから、
数回その外気功を受けた。

一番初めが一番気を感じたが、
みるみるぼくは元気を取り戻した。

一回目のあとに、
「不安」がなくなっているのを感じた覚えがある。

当たり前になくならなかった「不安感」「恐怖心」が、
何故か軽くなっていたのだ。

これは大きかったと今でも思う。

数週間後、
精密検査を受け、
そのまた数週間後、
検査結果を聴きに行った。

「うーん、腎機能は問題ないので…経過観察ですね」

「有難うございます…」

この時は、
本当に自分ではどうしようもなかった、
何かにすがるとか、
お任せするしかなかった。

結果、
導かれるままに、
今でもこうして元気でいる。

自分で思うことは、
この時に、
「自分が自分の力で何とかしよう」
と思えなかったことが、
今になっては良かったのだとしか思えない。

こうして、
無力のぼくは、
藁にもすがる思いで、
藁をつかみ、
結果を任せるままにした。

結果、
検査しかしてもらえなかった大学教授にも、
「有難うございます」
との『感謝』しかなかった。

人生は、
逆境の時も順境の時も、
目に見える、知覚出来ること以外の、
目に見えない、気付けていない事にも、
感謝の意を忘れるべきではない、
とあらためて思う。

ん?
今、
天の誰かが、
これを書かせてくれたように感じた。

承知しました、
そうでしたね。

『有難うございます』
お伝えします。


最後まで読んでくださってありがとうございます。
天と地と人 すいなの信長正義

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