2019年9月13日金曜日

【そこに『感謝』を置く】苦しみから抜け出せない時の心の在り方

「もう二度と、
 この苦しみから抜けられないのではないか?」
 そんな風に感じることはないだろうか?

実は、
ぼくにはある。

最近、
久しぶりに、
そんなマインドから抜けられずにいた。

当然、体調にも思わしくない影響がでる、
日頃患者さんにお伝えしている身でありながら、
何とも未熟だ。

結論から言うと、
「今」ここに集中して生きていない時だ、
「過去」の出来事の不快感、
「未来」に起きるかも知れない不安、
そんなことに囚われていて、
「今」に思いがない時にそうなるようだ。

例えば、
ぼくの場合で言うと、
新しく契約した営業システムについて、
あれこれ思い悩んでいた。

本当に必要だったのか?(過去)
いいように騙されてはいないだろうか?(過去)
実際に使うことが出来るのだろうか?(未来)
支払いが滞ることようなことはないだろうか?(未来)
…… ……

このような、
「今」の時点でコントロール出来ないことに思いを巡らせても、
どうしようもないのだ、
どうしようもないことがわかっていても、
「未来永劫この不安と恐怖から抜け出せないのではないか?」
くらいのマインドに陥っている。

こうなると、
現状の自分に対して「不信感」さえ生まれてくる。

「お前の力量でまたまた独立などと、罰が当たったのではないか?」…

そうすると、
袂を分かった師のかつての言葉や、
後輩たちの嘲る声が聴こえてくるようにさえ思えてくる。

そうすると、
それを遮ろうと、
「自己正当化」マインドが始まり、
「敵対」や「対立」の思考に陥ってくる。

益々苦しみから抜け出すことは出来ない。

苦しさを紛らわそうと、
仕事に手を付けても、
患者さんを相手にしても、
「自己概念」は恐ろしいほど下がり続けようとする。

おそらく、
身体を動かしたり、
娯楽に興じたりしても、
一時的な気分の転換に過ぎないことだろう。

「今」急にここで、
『愛』や『感謝』のワードを唱えてアファメーション(深層自己説得)をしても、
『天』の『神』に祈りを捧げても、
そのような思想の力では弱く及ばないものだ。

それでは、
どうすれば良いのか?

「今」現状の自分を信じ認め、
自分が選択し続けてきた最善の「今」を信じ認め、
この「今」を与えてくれた「今まで」の一番端っこに、
『感謝』の一言を置くのだ。

「不安」や「恐怖」などの「苦しみ」の要素には、
「罪悪感」「無価値感」「無能力感」「絶望」などが含まれ、
それらの感情から逃れるために、
「敵対心」や「対立心」が芽生え救われようとする。

その対象を真っ直ぐに見つめて欲しい、
ぼくの場合は『推拿の師』に対するものだった。

「今」を与えてくれた「今まで」の一番端っこには、
様々な『恩人』がいる。

『推拿の師』はその中の重要な存在で在り続ける。

ここに、
『感謝』の意を置かない限り、
この低層の感情レベルから抜け出すことは出来なかっただろう。

そこに『感謝』を置くと、
当然「今」に『感謝』が生まれ、
そこから「今まで」が全部感謝に変わるのだ、
まるでオセロのように。

今夜、
「今」どうしてもこれを書きたかった。

「今」ここには『感謝』がある。



最後まで読んでくださってありがとうございます。
天と地と人 すいなの信長正義

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