2019年9月12日木曜日

【推拿すいな 天と地と人】『守破離』と『天と地と人』の意味

今日の記事は、
悪く言えば「自己擁護」であり「自己弁護」であり「自己保身」で、
良く言うと『自己承認』であり『自己賛美』であり『自己激励』だ。

修行に於いての『守破離』を実践した経験のある人なら、
大いに理解を得られると思うが、
『師匠』と『離』するまでの道は苦しく辛く、
大変な勇気を必要とされるものだ。

ぼくは、
『推拿すいな』を体得するに於いては、
2度『守破離』を経験した。

『守破離』の定義を、
ウィキペディアを参照して確認しておきたい。

~以下引用~
Wikipedia 守破離
修業に際して、まずは師匠から教わった型を徹底的に「守る」ところから修業が始まる。師匠の教えに従って修業・鍛錬を積みその型を身につけた者は、師匠の型はもちろん他流派の型なども含めそれらと自分とを照らし合わせて研究することにより、自分に合ったより良いと思われる型を模索し試すことで既存の型を「破る」ことができるようになる。さらに鍛錬・修業を重ね、かつて教わった師匠の型と自分自身で見出した型の双方に精通しその上に立脚した個人は、自分自身とその技についてよく理解しているため既存の型に囚われることなく、言わば型から「離れ」て自在となることができる。このようにして新たな流派が生まれるのである。 ~引用以上~

これらの言葉に触れて、
自らの解釈ではあるが、
誰かに「許された」ように、
少々の安堵を感じる。

初めての『守破離』は、
1999年の推拿の師との出逢いにより『守』が始まり、
2002年くらいに『破』が始まり、
2004年に『離』して、
外部で修行して、
2006年に独立開業した。

具体的に振り返ると、
『守』の3年間は、
音楽から全く離れ、
「推拿」にも「弟子としての仕事」にも没頭し、
『破』の時期に独立準備として、
独自の営業活動を始め、
その後、後輩に席を譲りながらも、
裂かれるような思いを繰り返し結局『離』れることになった。

2度目の『守破離』は、
2016年の院の場所の立ち退きを機に『守』が始まり、
主に技術の確認とマネージメントと指導の仕方を学び経験し、
2017~18年にかけて『破』が、
新しい『知識』と『マインド』を学ぶことで始まり、
2018~19年までに、
「契約認識の相違」と言う具体的で決定的ではあったが徐々に『離』れることになった。

こうしてみると、
私見ではあるが、
一度目は『推拿の師弟関係』、
二度目は『ビジネスにおける師弟関係』と言えると思う。

ここでまた、
私見を申すが、
現代経済社会を背景にする『師弟関係』は、
過去のそれとは大きく違うと思う。

伝わり聴く過去の『師弟関係』においては、
「経済」を介在させることはなかった。

師が弟子から「授業料」をとることもなかった代わりに、
弟子は師の身の回りのお世話をさせていただき、
技術を伝えてもらった。

師に身の回りの世話をさせながら仕事を見せ、
弟子を一人前に導き、
一人前に仕事ができるように離れていけるように仕向けた。

違うかな?

このような関係性に於いて、
その『恩』は一生ものであった。

ぼくが具体的に、
どのような経緯で2度の『守破離』を経験したかを、
ここで述べるのは控えることにした。

ぼく個人の良くも悪くも『資質』というものなしに、
ぼく自身が全てを表現しお伝えするのは難しそうだ。

ぼくのフィルターを通してしか言えないので、
別の機会にしておく。

ただ、
ぼくが今回2度目の開業に際して、
屋号を『天と地と人』としたのには意味がある。

先達の指導者は、
後進(患者さん)がその道(推拿・健康)の、
それぞれの『天』に繋がるように導くのが役割であり、
支配的にならないよう留意し、
自らはその案内役に徹する。

後進は、
指導者に敬意を持ち続けるが、
決して依存せず、
自らの『天』に繋がり、
与えられた『地』に在ることに感謝を忘れずに、
一人前なる『人』として他の人の役に立つことを目指す。

『天と地と人』の意味は、
健康に導く役割として、
推拿を伝える役割として、
このような意味の、
『志し』と『戒め』を込めたものです。


最後まで読んでくださってありがとうございます。
天と地と人 すいなの信長正義

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