きょうの新患さんは、
『神聖幾何学』というジャンルの、
スピリチュアル系の絵画を描く方だった。
コンパスとボールペンだけで描いていくもので、
ぼくも作品を拝見したが、
とてもカラフルで華やかであり、
癒しの感覚のあるものだった。
おそらくは、
高い波動と直結するものだ。
この方との関わりで、
ぼくのスピリチュアル感覚が、
覚醒された感覚があった。
というのは、
この方がお持ちの症状が、
この方の過去のやってきたこととか、
考えてきたことの蓄積を伝えていて、
現在の顕在意識で理解していることではなく、
潜在意識が訴えている情報が、
伝わってきたように感じたからだ。
この方の主訴は、
ここ一年くらいのひどい頚肩こりと、
10年前に発症したリウマチが、
しばらく前から効き手の手首に表れ始めた、
ということだ。
この感覚が得られたのは、
この方自身が、
「目に見えるものだけの世界」から、
「目に見えない世界」を身体を壊すことにより興味を持たざるを得なくなり、
探求していくことになった方だから、というのも大きい。
すいな(推拿)の施術に、
直接スピリチュアルが関わっているわけではない、
これはぼくの個人的な興味だし能力の一つだと思う。
ただ、
肉体を物質としてだけみていては限界があると、
ある時から感じていた。
中医学は大衆の医学なので、
多くの人に当てはまることに対しての理論である、
と聴いたことがある。
つまり、
極端に簡単にいうと、
経穴と経絡という気血の通り道があり、
五臓六腑に連絡している。
対象となる多くの症状は肉体に関するものなので、
この次元での理論で十分なのだ。
また、
症状改善も肉体レベルで行われる。
なので、
この段階での施術の仕事に、
自分が関わることには、
正直疑問を感じていたし、
語弊があるかも知れないが正直飽き飽きしていた。
この次元だけの教えを、
変わらず”上から“垂れ流し続ける御大にも、
辟易としてきた。
辟易と、
というのは後から理解できた感情で、
もやもやと、悶々としながらも、
他の次元があることを知らず、
「そんなもんかなあ…」
と諦めざるを得なかったのだと思う。
肉体に表れている症状を改善すること、
それができることは、
それは素晴らしいことだ。
ぼくも、
何も知らない、できない状態から、
症状改善を提供することを、
当たり前のようにやらせていただいてきた。
しかし、
生じた症状を改善させて「ハイ終わり、ではまた!」
という関係性だけの仕事は、
「もう他の人にやってもらえばいい」
という感覚になってきた。
結果には原因があるように、
でてきた症状には原因がある。
それは、
多くは物理的な姿勢の問題、
過度や不足な運動上の問題、
損傷や気候・天気などの対外的要因の問題である。
そして、
原因には、
心因的なものもある。
中医学が伝えているように、
五臓は感情に関連し、
感情は五臓に関連する。
つまり、
肝 → 怒り
心 → 喜び
脾 → 思う(悩む)
肺 → 悲しむ
腎 → 恐れ
怒りやイライラなどの感情を続けていると肝の機能を傷めるし、
肝を傷めるとイライラや怒りの感情がでやすくなる。
喜び過ぎても心を傷め、
思い、悩み過ぎると脾の機能を弱めるし、
脾や胃が弱くなると思い悩みやすくなる。
悲しみの感情を長く持ち続けると肺を傷め、
恐れや不安の感情に浸っていると腎の機能を低下させ、
腎のエネルギーが少なくなると恐れや不安に襲われやすくなる。
これらのことから、
症状を聴き、
五臓六腑との関連を探り、
経穴や経絡の気の流れや痛みを手で知ることによって、
その原因を関連付けることは、
通常のすいなの現場で行われていると思う。
現状に表れたその症状と、
五臓六腑の状態と経穴と経絡の状態、
そして表れやすい感情との関連を結びつけるのだ。
ぼくは弁証論知をやらないが、
頭の中でこれらを関連付けて、
自分なりに理論立てて施術を行っている。
そして、
そのうえで、
患者さんが過去やってきたことや、
過去抱えてきた感情、
過去から現在の考え方を聴きだしていく。
そして原因を絞って、
現状の患部の状態を手で改善させるとともに、
これらの感情や考え方の修正を同意の元でお伝えし、
症状の再発の可能性を少なくしていく。
この段階になると、
自発的に、自律して自らの状態をコントロールできるようになり、
自立していかれる。
とりあえずは、
この次元の関わりを志し、
実際成果を上げている。
そして、
そのうえで、
精神世界と魂のレベル、
いわゆるスピリチュアルの次元になるのだが、
ここはやはり目に見えないことも存在するということだ。
これを今回、
このスピリチュアル絵画の患者さんとの関わりで、
確信するにいたったのだ。 ※次回、中編につづく
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