2019年7月26日金曜日

すいな(推拿)を伝えるモチベーション

きょうは、
すいなコミュニティーがあった。

推拿のマンツーマン指導を、
今はこう言っている、
すいなコミュ。

最近もいろいろなタイプの方々が通っていらっしゃる。
自宅でデザインの仕事をやっている40代独身男性、
退職されたばかりの60代の主婦。

本日いらした方は、
40代の鍼灸学校に通う既婚女性。

推拿を指導するには、
責任と使命感がある。

そして、
それを支えるモチベーションは、
「求めている方に余すところなく伝えたい」
という気持ちだ。

この「求めている」というところが重要なのだが、
その求めている心が真剣で深いほど、
伝えたい、与えたい気持ちはより強くなる。

デザイン男性と、
退職主婦の方は、
基本の手技を20回セットで修得するコースを利用して戴いている。

お二方とも、
人のために役に立てることとして推拿に出逢い、
「出来ることなら推拿を職業にしたい」
という願望をお持ちだ。

全くの素人の方を、
ぼくもそういう道をたどったのだが、
仕事ができるレベルにまで引き上げるのは大変だ。

しかし、
その方の願望の強さと、
これまでの仕事などで経験されてきた蓄積を合わせると、
その方独自の強味、個性が生まれてくると思う。

一定の期間と費用を使って、
臨まれているということと、
その方に真剣にその願望に向かう姿勢が感じられると、
それに何としてでも応えたいという気持ちが沸々と湧いてくる。

そして、
お伝えする私のほうにも、
その気持ち、思いだけではなく、
十分な技術と知識を持っていなければならないことは自明だ。

それだけに、
日々、
自らも成長の蓄積を怠るわけにはいかない、
となる。

この循環が今現在うまく巡っている。


ただ、
きょうの鍼灸学校生には、
少し違う感情があることに戸惑った。

どういうことか?

思えば、
その違いは二つあった。

一つに、
この方は毎月一回の単発受講なのだ。

鍼灸学校にお金と時間がかかっているので、
こちらの学習に費用と労力をかけられない、
ということ、
なのだ。

いやいや、
それはかなり穿った見方であるし、
この方にも鍼灸按摩マッサージの勉強をしながらも、
推拿を学びたい、という熱意を感じたからこそ、
無理なく学んでいただけるこのスタイルにしたのだから。

しかし、
久しぶりにお会いしたぼくには、
そう感じてしまう隙間があったのは確かだ。

もう一つは、
「自分も持っていない国家資格を有する予定のこの方に、
 どこまで教えていいのか?」
とかいう、
本当に次元の低い制限のマインドがよぎったのだ。

なんだろう?
自分よりこの方のほうが優れるかも知れない?
という恐れか?

ああ、
まったくくだらない、
恥ずかしい・・・・。

しかし、
その方の求めているものを与えていくように時間を経ていくと、
その低レベルの領域を抜けることができた。

そして、
予定の時間を過ぎ、
お帰りになる時にプライベートなお話になり、
その方のとても個人的なことをお聴きするにいたった。

もちろん、
ここにそのことを記すことはないが、
ぼくの心の中には、
その方の過去や現在や未来が、
立体的に印された。

その方が抱えている背景が、
その方を苦しめてもいて、
その方を前へ推し進めてもいる。

その方の原動力の一助になる。

心にそう刻んで、
ぼくもまた日々の積み重ねに、
生きる喜びを見出している。

つまり、

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