2019年7月25日木曜日

すいな(推拿)をわかりやすく伝えること、これからやることのはじまり。

今日、55歳になった。

歳をとることは、
この数年あまりうれしいことではなかったが、
少し認識が変わったようだ。

何故か?

おそらく、
それはここ数年実践してきた、
”あること“のお陰だ。

今、ここには書かないが、
この”あること“のことも、
いずれ必要とする人たちに、
もっと伝えていくことになると思う。

認識が変わったことの要因の一つは、
健康に対する不安がほとんどなくなったことだ。

全く健康のことを考えていないのではなく、
むやみに悪いことを想像しなくなった、
というのが近い。

もちろん、
運動不足には気をつけるし、
食べ過ぎと飲み過ぎにも気を配る。
過不足気味ではあるが。

将来のことでいうと、
この健康への信頼から、
せいぜい60代で仕事がなくなるとか、
働けなくなるとか思えない。

年金も満足に戴けない現状を知っても、
老後の不安に悩まされてもいない。

過去、
自分の生きてきたことを卑下はしないが、
世の中に対して輝かしい功績をのこしたこともない。

誇れるような歴史や才能があるわけではないが、
何故だか今の自分のやるべきこと、やりたいこと、できることに、
じわじわと信頼をもっている。

何かを期に、
「飛躍する」とか「ブレイクする」とか信じ切れたことはない。
過去そのような一時的な高揚感に裏切られてきたから。

今は、
急変するとは思えないが、
「積み上げていける」
というじんわりとした自信がある。

「積み上げていくことはできる」

20年前にすいな(推拿)に出逢って、
運と縁に恵まれて学びそして実践してきた。

2006年に独立開業し、
10年間個人事業を学ばせて戴き、
2016年から3年間は古巣でいい経験を積ませてもらった。

非常に苦しい3年間であったけど、
ぼくの人生の大きなテーマを乗り越えることができた。

それは、
支配と依存に対する認識だ。

この認識が変わったことで、
ぼくはこの人生の2大要素である「健康」と「経済」を手に入れた。

これが冒頭記した”あること“との出逢いによって表れた現象だ。

ぼくはこの20年間、
すいな(推拿)で身を立ててきた。
すいなに出逢ってから他の仕事はしていない。

自分のことは未熟だと思っているが、
これは紛れもない事実だ。

「自分の手で直接人の役に立つことで、社会貢献できる仕事」
という大義名分で推拿をやってきたが、
生きるため、喰うためだったことも確かである。

推拿を通して人の役に立ち、
自分の対人緊張などの心に抱えるものを乗り越え、
推拿で独立を経験することで経済力も培ってきた。

天から与えられた推拿のお陰だ。

しつこいようだが、
そして必然的に出逢った”あること“によって、
ぼくは完全に独立を果たすことができた。

2014年の7月に、
アチーブメント株式会社の研修を受け、
『生きる目的』についてあることが頭に浮かんだ。

それは、
自分のやってきた推拿を、
自分だけのものにせず、
「日本全国に推拿を普及する」
というものであった。

何か、
大きなことをしたいと思っていた。
何か大きなことを成し遂げたら自分は自分になる、
自分は成功すると思っていた。

でも、
お陰様でこの数年間で、
それは大きな勘違いであることに、
心底気がついた。

もちろん、
すべて間違いではない、
考えの元が違っていたのだ。
それが腹の底から理解できたのだ。

ぼくは自分を見つけた、
ぼくはまだまだ未熟ではあるが、
ぼくはすでに小さな完成型である。

この未熟ではあるけど、
すでに自分がわかったこと、
出来たことを、
身近な周りに伝えることで、
ぼくの生きる価値があることがわかった。

おかしなことを言うが、
ぼくは天とつながった。
だから天の思うように、
天に従いこの命を使う。

すいな(推拿)をわかりやすく伝えること、
これからやることのはじまり。

55歳の記念日に、
天からの祝福として、
それが伝わった。

そしてここからはじまる。

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