2019年10月31日木曜日

【推拿(すいな)】上達の肝

ぼくが、
どのようにして推拿を体得してきたのか?
自分でも整然と言い表すのは難しい。

教科書通りに学んだわけではないし、
手取り足取り教わったわけではないし、
20年やって来れたが、
その間ずっと自信を持てていた訳ではない。

後進の方々へお伝えしていく責任として、
ここであらためて整理してみたいと思う。


推拿を修得するのに必要な要素は、
大きく3つに分けられる。

「技術」「知識」「考え方」だ。

何かを習おう、
学ぼうとする時に、
真先に「技術」と「知識」を得ようとすると思う。

当然であり、
これらを提供している教育機関は多いようだ。

与える側としても、
「技術」と「知識」に限定して、
カリキュラム化して、
時間配分を組み上げれば、
受講する側がどのような態勢であるにせよ、
ある意味一方的に提供していけば良い。

ぼくは学校が嫌いだった、
特に高校は学校的なものである必要があるのか?
と思っている。

極論を言っているが、
持論なので記していくが、
3年間の決められた教育課程を埋めるために、
本来の学問をすることには不要な要素が多過ぎる、
と思っている。

「学校らしい」要素を排除したら、
社会人になるのがもっと楽しくなると思う。

だから、
推拿を自分のものにするために、
ぼくは24時間を推拿漬けにする必要があると思い、
月に2回の推拿塾の3ヶ月目には、
「弟子入り」を願望の中に入れ始めた。

文字通り「学校らしい」体制で得られる、
「技術」と「知識」を、
ぼくはそんなに信用していない。

本に書かれている事ですら、
全きほどには信用していない。

本当に大切なものは、
『情報』として得られる、
そう信じている。

だから、
誤解を恐れずに言えば、
ぼくは推拿の真髄を、
独学で得たと思っている。

推拿の教科書には、
「心・意・気・力」が、
推拿の力の基本だと書かれている。

まず、
「心」が元で、
「意念」が生まれ、
「気」が引き出され「力」になる。

つまり、
ここでは「技術」や「知識」については触れていない。

ぼくも、
心からそう思うのだが、
「技術」や「知識」なんかなくても、
「心」=「思い」=「考え方」が、
『他の人のために』と言う純度が高ければ高いほど、
「気」が引き出され「力」になり、
効力を産み出す。

だから、
「心」がなければ、
いくら「技術」や「知識」があっても、
『推拿』にはならない、
と断言する。

「学校」としては「経済活動」のために、
「技術」と「知識」を売り、
経営を成り立たせる。

「心」とか、
人としての「在り方」
人としての「次元」と言うものは、
教えて体得出来るものではない。

産まれ持った「資質」であり、
「センス」のようなものが大きいと思う。

「技術」と「知識」で、
「物質的」な変化を起こす事は容易いので、
その「次元」を求める多くの人への対応は可能だ。

だから、
多くの人は肉体への「施術」を求め、
肉体への「施術」を提供している。

ぼくの『天』に繋がる『推拿』は、
「気」の流れを把握し、
良い「気」の流れがより良い「肉体」へ導く事を目的とする。

そして、
社会活動をより良いものにして戴ける事を目的としたい。

ぼくの周りを「心」を求める「資質」を持つ、
センスのある人たちでいっぱいにしたい、
その人たちにはそれぞれの『天』に導く事が出来ると思う。

その人たちは、
この社会を、
この日本を、
この地球をより良いものに導くリーダーになると思う。

それを志事と出来ることは、
ここ数年のぼくの大きな歓びになると思うし、
証になると思う。


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天と地と人 すいなの信長正義

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