2019年9月27日金曜日

【豊かさの実現】確かに自分に入ってきたと認識し『所有』する

宝くじに当たった人の多くが、
数年後に破産したり、
人間関係が悪化するなど、
不幸になる確率がかなりの割合でいると聴いた。

「あぶく銭は身に付かない」
とはよく言われるが、
自分を振り返ってみても、
身に覚えがある。

宝くじなどの「あぶく銭」と言われるもの以外にも、
「相続」などで得られた「資産」が、
「所有」することになった人を、
何らかの形で苦しめている、
という話も聴く。

「善人」「悪人」と、
二元論で分けて考えても、
明確な背景が見えてくるかはわからないが、
「善人」=「真面目」な人であればあるほど、
その「所有」感は、
かなり不確定なものになり得ると想像する。

いや、
「不真面目」であっても、
「所有」の感覚は薄く、
「散財」のような形で、
不幸な結果になるのが想像できる。

ぼくの例で言うと、
3年前の「立ち退き」に際し、
「移転費用」や「休業期間」を補償する「お金」を、
ある程度戴くことになったが、
今得ているこの感覚からすると、
その「所有」感はかなり低かった。

自分の元に地に足がついて「所有」していた感覚はかなり薄いものだった。

この感覚は、
自分にその『価値』を受け取る『器』があるかないか、
と言う話しに通じるものがある。

結論から言うと、
自分にはそれだけのものを受け取る『器』があり、
それ相応以上の『価値』があり、
『所有』するだけの根拠、理由がある、
と言うことをはっきり明確に認識する必要があるのだ。

それは、
思考の中だけではなく、
紙に書きだすなどして、
「言語化」して「視覚化」するのだ。

それを自分の『恒常性』にするのだ。

前回の記事では、
「物質」「お金」を「握らない」というお話をしたので、
明確に『所有』すると言うと、
矛盾しているように思うかも知れない。

もちろん、
その『価値』を『巡らせる』のであるが、
しっかり自らの元で『所有』しないと、
自らが『循環』させていると言う感覚を持てないのだ。

「流れる」
という感覚になる。

「道徳の観念」が強ければ強いほど、
その現実を『自分のもの』と受け止める必要がある。

そうしないと、
自らを苦しめる感覚を持ち続ける事になるかも知れない。

自分には、
『余裕があり過ぎる』
ほどの『価値』を受け取る『器』があり、
それを『所有』するだけの『理由』があり、
それを『利用』していくだけの『才覚』がある、
と心に刻むことだ。

それをそのまま『信じ』、
そのままでいるだけだ。

それが、
『健康』な『豊かさ』だ。


最後まで読んでくださってありがとうございます。
天と地と人 すいなの信長正義

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