2019年8月11日日曜日

【「やめる」大切さ】豊かになりたければ「嫌なこと」は「やらない」と決め実行する

豊かになりたいなら、
「嫌なことはやらない」と決め実行することだ。

「豊かさ」とは、
経済的・物質的な豊かさであり、
心の豊かさでもある。

「嫌なことはやらない」って言っても、
生活しなけりゃならないのだから、
「嫌なことはやめるわけにはいかない」
と言われるかもしれない。

「嫌なこと」は「仕事」のことを言っているのかも知れないが、
その「仕事」を「嫌なこと」と思っているうちは豊かではないだろう?

「仕事」は「嫌なこと」であってはならないと思う、
何故なら、
人生の大半は一般的には「仕事」をしているのであるから、
「嫌なこと」が「仕事」であると、
人生は「嫌なこと」をほとんどやったまま終わる可能性が大きい。

「そんなことを言っていたら食っていけなくなる」
というのは、
完全に思い込みである。

流されるままに、
「食っていくため」の「仕事」をしているのであり、
そのことに疑問を持ちつつも、
深く考えたり、
行動に移したりしていないだけだ。

もちろん、
今の仕事をしていて、
何の疑問もなく、
幸せを感じていて、
豊かさを感じている人はそのままでいいに決まっている。

その人は、
このブログも読んでいないかも知れない。

「幸せ」とか「豊かさ」は、
誰かとか何かと比較して感じるものではない。

どのくらいの数値とか量があると、
「幸せになる」とか、
「豊かになる」と言うものでもない。

心が「幸せ」とか「豊かさ」を感じていれば、
誰とも、何とも比較することもなく、
素晴らしい状態であると言える。

仕事においても、
より豊かになりたいと思ったら、
スキルを上げたり、
知識をもっと得たり、
考え方を学んだりするために、
自分に負荷をかけて勉強したり経験を積んだりすることも必要だろう。

ある程度「苦手なこと」とか「嫌なこと」とか、
やってみないといけないかも知れない。

だけどその「苦手なこと」や「嫌なこと」は、
「向上したい」と思ったあなたが、
「やるべきこと」だし、
その時点では「やりたいこと」ではないだろうか?

「向上したい」「豊かになりたい」
と思って実行してみて、
「やっぱり嫌なこと」だとわかったら、
その時点で「やめる」といい。

「やるべきこと」は、
「できること」に変わり、
「やりたいこと」になって、
初めて「豊かさ」を得るための「仕事」として「やっていける」と思う。

そう言ってるぼくは、
数か月前まで、
「やりたくない」ことを、
「お金になる」からやっていた。

正確に言うと、
元々は「やりたい」ことであったのだけど、
ある「支配」に巻き込まれて、
主体性と自由を失って、
今考えるとあり得ない時間を過ごしてしまっていた。

そして、
天からの意思の助けにより、
「お金」と「地位」を失ったが、
結果的に様々な「豊かさ」を受け取っている。

この話も、
またいずれしようと思う。

社会人にも伝えていきたいのだが、
学生、
特に小中高校生に、
もし現状で「学校」が「嫌なこと」に入っているのなら、
嫌なことであり続けるのなら、
「行かない」とか「やめる」と決めて実行すっればいい。

実は、
ぼくは高校2年生で学校に行かなくなった。

その後、
翌年定時制に編入し、
高校5年かけて卒業はしたが、
この時に「行かない」と決め実行した自分を、
今の自分として完全に認めている。

「高校をやめる」
ということは、
「人生が台無しになる」
みたいな想像がなかったわけではない。

しかし、
実際には「台無し」などにはならない。

大切なのは、
「心の自由」
豊かさなのだ。

学校は、
「行きたい人が行けばいい」
と心の底から思う。

「学校には行きたいくない」けど、
「勉強はしたい」人は、
今やいくらでも勉強の仕方があるだろう。

「勉強」とか意味がわからない人は、
「やりたいこと」ができるようになるために、
調べたり、覚えたり、経験を積んだりするといい、
まあ、それが「勉強」だ。

学校にも行きたいくないし、
何もやる気が起こらない、
と言う人はそのままでもいいかも知れない。

その時点ではそのままでもいい。
「心を癒す」ということが大切な時がある。

ただ、
心の周波数を天に向けて調整して、
聴こえてくる声を大切にしていって欲しい。

そこから聴こえてくるのは、
『愛』『感謝』のメッセージだ。

そのメッセージに耳を傾けて、
少しずつ、
何かしたくなったらやってみる時が来ると思う。

焦る必要はない、
そしてその声は、
あなたの生きている環境で充分できることであるはずだ。

「学校をやめた」ら、
「学歴」がなくなって、
社会の落ちこぼれになる、
と言うのも思い込みだ。

そしてそういう時代は終わった。

「学校をやめた」ら、
自分の能力が磨かれず、
社会で無価値の人間になるではないか。

だったらやめないほうがいいが、
自分の能力は必ずしもあなたが「嫌い」な、
学校で磨かれたり身についたりする訳ではない。

あなたの能力や価値は、
あなたが認める限り必ず社会にとっても価値がある。

とにかく、
「心」が大切だ、
「心の自由」が大切だ、
それが「豊かさ」の始まりだ。

「心の自由」が得られれば、
『愛』と『感謝』を感じることができ、
「時間の豊かさ」の中で「物質的な豊かさ」を感じることができるようになる。

すべては、
始めからそこにあるのだ。

ぼくが「大丈夫」であり続けたように、
あなたも「大丈夫」なはずだ。

自分を認めて、褒めて、愛して、生きていこう。

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